歴史7 松平清康

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※現在、週前半(月~水)で趣味のこと。
 週後半(金~日)で制作のことを書いております。

今週はアウトだったな


しばらく、徳川辺り その2

前回、大久保一族を書きまして、桶狭間の頃、
松平家(徳川)は西三河7豪族の1つだったと書きましたが、

その筆頭的立場に押し上げたのが、松平清康です。

歴史のうんちくとして、一代でのし上がるという事例は、
秀吉以外ない・・・と断言しておきます。

徳川家康は、この松平清康の威光があって、
三河の地盤を得ることができたと言って、過言ありません。

では、清康の業績をば。
(資料代わりに読もうと思った「風は山河より」がなかったので、
wikiから少し抜粋)

松平家の家督を継ぐ。(13歳
西三河の国衆を屈服させ始める。(16歳)
戸田氏を降伏させ、西三河を統一。東三河に転進し三河統一(19歳)
隣国の尾張へ出兵し始める。同時期、織田信秀の台頭。(20歳~)
南尾張平定のため、進軍するも、乱心した家臣に殺害される。(25歳)

と、横に書いた年齢が早熟すぎるのにびっくりです。
もちろん、この時期は東から今川氏の影響を強く受けていて、
後に武田と激戦をくり広げる東三河の国衆は、
ここで鍛えられていきます。


西三河7豪族と書いてきました国衆は、
西郷、鱸(鈴木)、戸田、吉良、鵜殿、牧野、松平。

牧野は幕閣に残りますし、吉良はあの上野介の祖です。
西郷氏は、二代将軍の秀忠の母の家です。


東三河の国衆は、奥平、菅沼らがいくつかの家に分かれて。
姓だとわからないですね。
長篠城と野田城の城主といった方がわかりやすい。

長篠城は、織田・徳川が武田家を破った長篠の戦いの場所です。
小説は別にして、武田軍の重臣がこの戦いで討ち死にしたのは事実です。

野田城は、武田信玄が最後の陥とした城です。
この小城に執着した武田信玄は、無為に1ヶ月もかけてしまい、
三河の地で命を落とすことになります。(野田城の戦いは別の回で)


こういった海千山千の国衆たちを、
初めて統一したのが、松平清康でした。

そして、尾張への外征。
当時の尾張は勝幡織田家(信秀・信長の織田家)が台頭し始めた頃、
経済力で大兵力を集めて戦う信秀を、一度は圧勝し、

三河衆は、松平・三河による天下を夢見たと。
宮城谷昌光さんの「風は山河より」に書かれていました。



清康が出てくるオススメ小説
新三河物語 1112.jpg
※著者の宮城谷昌光さんは、三河の出身です。

参考書籍
国衆ガイド 
(星海社新書)

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ギリギリまで待ってみたけど、上げたい情報が、
来週以降に固まってしまったみたい・・・。

というわけで、かみんぐすーん。


歴史6 大久保一族(三河物語)

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というわけで、今ぎりぎりの時間に書いております。


真田丸景気と、
みなさんが知ってるところを書いておこうかと思いまして、
徳川家の辺りをしばらく連作で。
(それ終わった頃、ちょうどコミケでしばらく休みかな?)

徳川家康の軍事的に支えた功臣は、
酒井忠次か、本多忠勝が有名だと思いますが、

実質的に、徳川のナンバー2だったのは、
大久保忠世と中心とした大久保一族でした。


今川から独立後の家康の最初の困難は、
三河一向一揆でした。

当時の徳川家は、西三河7氏族の筆頭という位置で、
戸田氏以外が従って、これから東側へ侵攻という時期に、
後に譜代大名となる家臣たちが離反しました。

(その中には、本多正信もいて、一揆後も一向宗側に
逃亡することになりますが、
それが逆に三河のしがらみから外れることになったのと、
一向宗の衆議制を勉強する機会になったのかもしれません)

その中、大久保一族は全部家康側についたため、
徳川での影響力が強かったかに思えます。


それは天正壬午の乱の頃には、(織田信長死後の甲信越の争乱)
家康本軍とは別に軍を動かすようになったいました。

その1つが第1次上田合戦です。
(徳川が真田の上田城を攻めて敗北した戦い)

総大将 鳥居元忠(家康の直臣、総大将)
    大久保忠世(信州の重要拠点 小諸城常駐)
    平岩親吉(甲斐を掌握)

3人とも、甲信に関して重要な拠点を任されていて、
それぞれ適切な人事です。

ただ、この後の小田原の役から、少し事情が変わってきます。

家康の関東移封の際に、大久保一族が与えられたのは、
小田原一帯でした。(秀吉の指示もあり)

後北条氏が、そこから関東を平定したことを考えると、
すごく厚遇されたように思えますが、

小田原の役に関する関東征伐のほとんどは戦いがなく、
小田原周辺だけが荒廃していました。

江戸に行った家康も、今とは考えつかないほど、
荒廃した武蔵野に投げ出されているので、お互い様ではあるのですが。


そして、忠世の嫡子、忠隣の代に関ヶ原の戦いが起きます。

忠隣は、秀忠が率いる中山道軍の主力で、
家康の本軍の方が兵数がありますが、外様を含めた軍なので、
徳川軍の主力部隊はこちらと言えます。

それで、また真田昌幸の上田城が立ちはだかります。
第2次上田合戦

非戦派の忠隣と、主戦派の本多正信で話が分れます。
(この辺は、ドラマでどちらが主人公に近いかで、
全く印象が違いますが、40年軍事に身を置いた
大久保忠隣が選択した非戦が正しかったように思います)

この辺は、真田丸で楽しんでいただいて。


組織が安定し始めた際に、軍事の重鎮が除かれるのは、
どこでも起きますが、この後の大久保氏の運命は暗転します。

上野高崎藩13万石(群馬)に移封を打診される。(断る)

忠隣、老中に就任するも、戦国時代のように独断的に振る舞い、
他の老中から非難される。(秀忠は、擁護したよう)

婚姻届の不備、キリシタン入信の嫌疑などから、改易。

配流地にて忠隣死亡。
大久保氏の大名返り咲きは、50年後、孫の代になってから。

他関連
 大久保長安の贈賄で嫌疑(同姓であるが、一族ではない)
 大久保氏と近かった安房里見氏も改易(私の故郷)


忠隣は、死ぬまで武人であったのだと思います。
さて、

とこういったことを忠隣の少し下の年齢である
忠世の弟、大久保忠教(大久保彦左衛門の名で有名)が、
三河物語という本を江戸初期に書いております。

排斥された大久保氏の書いた本なので、
徳川を痛烈批判している部分もあるのですが、
統治機構から外れた田舎の戦国史として面白い本です。

批判を良しとしなかった豊臣と、
それを許容した徳川と、
どちらが国の容として、優れていたのか考えさせられます。


新三河物語 
※著者の宮城谷昌光さんは、三河の出身です。


コミケ当落情報

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ということになりました。

そろそろ次の話もなんですが、
長年、元相方の絵柄に頼ってきた部分が強く。
依頼を出すのが難しい状況です。

ライオンハート自体は、おっさんが出てくる
ことが前提となっており、
女性キャラと両方描ける点において、
元相方の能力を感じる日々です。


企画を変更しても、~冬ぐらいまでで
コンタクトを取っていた方々も、難しく。

絵仕事募集している方も、ゲーム用の見積概算が
ないので、頼めるもんだろうか? と。

1枚絵で受けている方も、デザインとかになると、
同じ1万ぐらいじゃすまないだろうしなー。
キャラの少ない企画に移行するのも難しい。。






歴史5 曹叡

兵站の話が出たので、それに類似する話を三国志から。

といっても、最近三国志って、知ってる人少ないんですね。
私の上の世代は、吉川三国志。
私の世代は、横光三国志。
その後も、いろいろあるのですが、

蒼天航路が出た頃には、三国志以外の歴史の知名度も上がり、
歴史入門として三国志が選ばれなくなったのですかね。


さて、表題の曹叡です。

魏の2代皇帝。曹操の孫にあたる人物です。
彼の諡(死後に与えられる尊号)は、

明帝といい文字的にも高評価っぽく、
実際に評価の高い皇帝です。

主な業績をあげると。
・諸葛亮の北伐を退けた。
・父の曹丕が悪評で、対照的に好評だった。
・晩年、宮殿を造営などし、国を疲弊させた。
・後継者問題で、いろいろ揉めた。(父同様)

武将としての話なので、「諸葛亮の北伐を退けた」が、
話の中心になるのですが、三国志演義などでは、
曹真や司馬懿がその中心なので、あんまり印象がありません。

私も宮城谷昌光さんの三国志(全12巻)を読むまで、
あまり関心はありませんでした。

2つほど、事例を。


1.呉への南征

曹丕もほぼ同じ経路で、進軍しています。
曹丕は進路を途中で変更したりと、

目的地に着くまでに敵が備えをしてしまったり、
途中で寄った場所も、皇帝を迎える準備をしたりと、
すごく非効率な戦争でした。

逆に曹叡は順当に進軍し、余計な消耗をしませんでした。
国という規模での戦いを考えると、

数万人の食糧を確保する難しさが大きくなり、
それを無為に消耗するのは、将としての愚になります。


2.諸葛亮の北伐

別の機会があれば書きますが、諸葛亮の北伐は
最初が最大の山場でした。俗に言う「街亭の戦い」です。

魏からすれば、諸葛亮が率いる蜀がどこを攻めて来るのかわからず、
西の涼州と魏が分断された時点で、
ようやく長安以西が目的だと判明しました。

しかし、魏の重要都市である長安が狙われる可能性もあり、
曹叡は自軍を長安に進める選択をとりました。

これで他の武将は、長安を防衛することを考えず、
蜀軍との戦いに専念できました。

そして、蜀の分断が完成する少し前に、分断点で守るのに
最も困難な拠点である「街亭」に、当時の魏で最強である
張郃の軍を派遣し、蜀将である馬謖を破ることに成功します。

敵の目論見を看破し、そこに最も強い軍をあてるのは、
国規模の軍の将の最も重要な資質です。


この戦いで蜀軍は、将来有望視されていた馬謖が斬首され、
以降、同じ地点まで進出することはできませんでした。

逆に魏軍は、参戦者である曹真や司馬懿が起用されました。
蜀軍を退けました。国力で優っている魏として、正しい戦い方です。



彼の戦いは、曹操や曹丕と違い、国と国との戦いであったため、
不必要な戦いはいりませんでした。

大軍に兵法なし

相手より大軍を率いている場合、弱いところを制圧していけば、
敵は軍を支えることができなくなり、自滅していく。

それは40年後の蜀滅亡の際、蜀の各将が各個撃破されていく
ことから、みてわかります。



英語版、更新データ

6/11追記
今週、コミケの当落発表とも知らず・・・。

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来週、また書きます!



一部、敵グラフィックを、英語版のために作り直しております。

本当はだいぶ前に、修正予定だったのですが、
いろいろあって、英語版制作のタイミングで着手しました。

アレク納品
山の民1


こんな感じ。
だいぶネタばれのキャラが多く・・・。



歴史4 石田三成

近況
ちゃんと布団で寝てなくて、体イタイ!



とうとう真田丸が小田原の役(北条征伐)ということで、
今回は石田三成のお話です。

世界各地にある小国が大軍を退ける逆転劇というのは、
ゲリラ戦で、補給路を絶たれたり、
焦土戦術で、戦地で食料を確保できなかったり
して、起きています。

十字軍なんかは、今のパレスチナが戦場なわけですが、
ヴェネチアが海路で支援しなくなってからは、
勝てなくなりました。


日本では、遠征というのがほとんどないので、
兵站のスペシャリストという人物を
なかなか上げられないのですが、確実な2人がいます。

足利直義(室町初代将軍、尊氏の弟)
石田三成(本項にて)

両者ともに、前線の武将に嫌われていますが、
戦略を支えた武将からは好かれて、

その能力がゆえに、天下を差配することになり、
非業の死を遂げています。


で、今日は石田三成。

略歴
・近江にて、秀吉に見出される。
・備中高松城の戦いには参戦していた形跡がみられる。
・豊臣政権下で、奉行衆の筆頭になる。
・北条征伐で武蔵方面に進軍し、忍城以外を制圧する。
・文禄・慶長の役で兵站を担う。
・関ヶ原で敗死。

略歴をみただけで、評価が難しい方のがわかります。
では、簡単に評価をするために数字です。


三成が兵站を担ったとされる大きな戦。

兵站(へいたん)
 戦場で後方に位置して、前線部隊に軍需品・食料などを供給する役目・機関。
(Wikipedia 2016/6/7)

四国征伐(5万程度?)
九州征伐(10万程度?)
小田原の役(10万程度?)
文禄・慶長の役(10万程度×2)
(※ それぞれに関しては後述)

日本の歴史の中で、この規模の戦いの兵站を5回も担当した
人物はいないと思われます。

そして、この戦いの中、中央機構に兵站を担える官僚が育ち、
人ではなく、組織として担当することになるため、
評価されにくい能力だということも言えます。

すごく裏の話をすると、信長の爺さん信定辺りから、
こういった官僚を育てることを考え始め、
織田政権の早くから、農民足軽ではなく、
経済力により、軍事力を養うことを目的としていました。

最初に楽市楽座を行った六角氏が維持できず滅び、
そういった新しい経済政策に、
次々と挑戦した織豊政権が天下を取りました。

三成は、その半世紀に及ぶ機構の集大成だったのかもしれません。


最後に三成の逸話を。

三成と秀吉の出会いの話ですが、当時、近江で城主になった秀吉が、
鷹狩りの後、お寺で休憩しようとすると、お茶を勧められました。

最初は、温めのお茶。
次は、普通の熱さのお茶。
最後は、熱いお茶です。

秀吉にどうして、お茶の熱さを変えたと聞かれた
佐吉少年(三成の幼名)は、

1杯目は、動いてきた後で、すぐ飲みたいと思ったので、
温いお茶を出しました。

2杯目は、お茶を味わっていただきたく、普通に。

3杯目は、お茶の味を気に入られたと思いましたので、
熱くして味わっていただこうかと

この返答を秀吉は気に入り、佐吉を配下に取り立てました。
三成の誕生です。

この話は、「お茶の作法を説明しただけだ」と、
おっしゃる方がいるのですが、違う視点で見ていただきたく。


こういった作法・慣例といったものは、
子供に説明をする大人がどれくらいいたかということです。

今の日本でも、当たり前のことはあまり言わない。
言っていても、それを子供が理解することは難しい。

そして、秀吉の聞かれたことの意図を理解し、説明したこと。
まして、初対面であろう武家に、堂々と話す胆力です。

1.理解力
2.説得力
3.胆力

作法など、クソくらえの秀吉です。
清須で織田の重臣と渡りあってきた頃の自分と
同じ姿をみたのだろうと、推測しました。



補足説明

続きを読む

戦国シミュレーションゲーム ~戦国時代DX~

短時間、寝て。
短時間、仕事して。
1日の周期が、24時間じゃなくなってます。
虎舟です。

近況
リベロ革命の田中トモユキさんが、

「BE BLUES! 青になれ」

で、長期連載してて、嬉しかった。


戦国シミュレーションゲーム ~戦国時代DX~


基本画面
戦国2

全国マップ
戦国1 


フリーゲーム夢現さんで紹介されていて、
久しぶりに歴史シミュレーションをプレイしてみました。

最初のうちは、2年間(8ターン)プレイできる体験版で、
織田信秀(信長の父ちゃん)
細川政元(最後の権限ある管領)
今川氏親(今川の戦国大名化を確立)
長尾為景(上杉謙信の父ちゃん)
島津貴久(島津4兄弟の父ちゃん)

を試してみました。
全て1550年前のシナリオなので、
国人衆などを吸収しながら勢力を拡大していくのが楽しいです。

(逆に1580年代後半からは、大勢力同士になるので、
少し魅力が薄れるかもしれません)

自国領に組み込んだ国人衆を直轄領に組み込むのも、
このゲームの楽しさですが。

プレイ開始直後に、直轄領が少ない大名は、
戦国大名化が進んでいない大名と判断でき、
今川といった戦国化を早く進めた大名の優秀さもみれます。

という楽しさを味わったところで、
細川政元のステータス低いなぁといった、
ゲームバランスを語り合うような楽しみもあります。

細川政元のステータス 政7 武7
政治は8か9かなぁと。でも、大名化を進めることを
評価させると、7か。むむむ。
など。

この制作者さんにクレームをいれるではなく、
武将風雲録の頃のこういった語り合いは、
楽しかったのを思い出しました。


真田丸を見ながら、書き書き。。


プロフィール

十三妹 

Author:十三妹 
同人ゲーム制作サークル
「十三妹」活動日誌です。

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